人の為

2009-08-21 23:49:09


人の為・・・

「人の為」って書いて「偽善」の「偽」という字になるって聞いたことがあります。

確かに「人の為」って聞こえはいいですが、なんか怪しいっていうか、押しつけがましいですよね。

やっぱ「自分のためでしょ」が素直かなあ。。


でも・・・、なんかそれだけでもないような・・・

「人」って「やっぱ人のために生きれてる」と思うときこそ幸せなんだとも思います。

「人生」→「人が生きる」 って、何なんでしょうねぇ~


なんじゃ?このフルーツ??

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選挙

2009-08-19 23:47:37


今日は選挙コーカスに言ってきました。

選挙と言えば、今、何と言っても衆議院議員選挙ですが、
今日のは、それとは違いある社団法人の理事選挙です。

一社団法人の理事選挙とはいえ、毎年この時期、1ヶ月の選挙期間を設け、各候補者は選挙事務所まで設置し、夜中まで演説文書を練ったり、仲間が必死に応援したりと、毎年熱い夏が繰り広げられています。

今日は、その立候補者全員が、5分弱、理事としての心構えや決意を何百人というメンバーの前で発表する場でした。

それぞれ、聞いてると中々興味深いです。
言葉っていうのは、生きた言葉とそうでない言葉があるんだなあ、というのが分かります。
同じ言葉でも気持ちというか魂というか・・・、
それが宿っているかいないかが、聞いている側には伝わってしまいます。

「言葉」って大事だなあと思います。「言葉」に表れるその人の「想い」ってごまかせないなあと思います。

「言霊」っていいますもんね。

私自身は、人前でしゃべるのがどうも苦手です。
意味なく照れてしまいます。
よっぽど「自分で納得してどうしても伝えたい」という事柄でないと、人前でスムーズに言葉がでません。

すぐに噛んでしまいます・・・。


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2009-08-17 23:48:50



昨晩遅くに、大学時代の後輩から電話がありました。
今年もお盆に集まって、同学年同士の飲み会をしていたようで、
「先輩、きてくらはいよ~」
っと、既に酔っ払い状況でのお誘い。
確か、昨年も酔っ払ってから電話してきやがって・・・、
呼ぶなら、酔っ払う前に電話してこいっつうの・・・。


彼ら後輩連中は大学附属の高等部出身者が多く、翌日、つまり今日行われた母校の野球部の応援に甲子園へ、酔っ払ったまま行ったはずです。(暑さでぶっ倒れてたかもしれませんが・・)


甲子園・・・
田舎の子供だった私は小学生の時に野球を始め、その後取り付かれたように、甲子園に出たくて出たくてたまらなくなってしまいました。

実力もないくせに、中学生の時には、たまたまその時に甲子園に出場した高校に入りたくなり、親に引越しのお願いをしたこともありました。
結局、その高校には入りましたが、その高校は本当にたまたまその時甲子園に出れただけの高校で、当然のように、私は甲子園とは無縁でした。

その後、なかなか次の目標を見つけるのに苦労しましたが、なんとか、その時その時の目標を見つけて今に至っているように思います。

夏のこの時期になると、当時の自分を思い出して、ほろ苦~い気持ちになっています。


先の高等部は89年ぶりの甲子園2勝目はなりませんでした。
甲子園で1回だけ歌えた「空の翼」
なかなかのものでした。。


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遺言の日

2009-08-16 19:18:55



今日はお盆休みの最終日。
私は、明日からの仕事に備え、事務所に出てみました。
この時期の大阪本町のオフィス街、こわいくらい静かです。(あたりまえですが・・)

私は、休日のオフィス街の落ち着きが気に入っております。
なんか得した気分になります。

皆様はお盆休み、いかがお過ごしでしたでしょうか?
久しぶりに、家族、親戚、または旧友とお会いになられましたでしょうか?


唐突ですが、
私は、こんな時期に「遺言の日」なんてあってもいいのではないかなあ、と思っています。

確か、銀行が11月15日(いいいごんのひ)を、弁護士会が4月15日(よいいごんのひ)を
「遺言の日」としてたと思いますが、できれば、「遺言の日」は、皆が集まるこのような時期に設定してほしいと思っております。

で、なぜ「遺言の日」か?
「遺言書」って、人生の最期が見えたときに、覚悟を決めて作成するようなものではない、と私は思っています。
例えば、子供や孫が生まれたり、不動産を取得したとき等、何かのきっかけの際に、人生の確認の意味で作成してみるものではないかなあと思ったりします。

自筆証書遺言など、「遺言書」は法律の要件さえ満たせば、誰でも簡単に作成できるものです。

反面、内容面で完璧に作成することはかなり難しいものでもあります。
なぜなら、その人の「財産状況」や「人間関係」そしてその人の「想い」は常に変化していくものですし、未来は完璧に予測できるものではないからです。

だからこそ、1年に1回、皆さんが集まる日に、「遺言の日」を設け、その時その時に適した遺言書を作成し、皆さんに伝える場、そして聞く場があってもいいんじゃないかなぁ、と思います。
世代間のコミュニケーションの手段にもなりうるんじゃないかと・・。
(ちなみに遺言書は何度でも書き直しができます。)


山城新伍さんが亡くなられる際、「別れた元の奥さんと娘さんに訃報を知らせるな」と遺した、との記事がありました。
寂しい感じがしますが、
最期の言葉が確かにそうであったとしても、この言葉が本人の「真の想い」であったとは限らないように思います。
この言葉への過程に、複雑な想いがあったにちがいありません。
その「過程」にこそ「真の想い」があったはずです。

「遺言書(ゆいごんしょ)」は「いごん」ではなく、「最期の言葉」を書くべきものではなく、
その時その時の「人生の過程」を表現していくものであるべき、と考えています。

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ブログは永遠? 

2009-08-13 20:08:30


こんな記事がありました~


「自分のブログ 死んだらどうなる? 訪問絶えぬ“墓碑”も」
自分がこの世を去ったら、日々更新しているブログやSNSの日記はどうなるのか。
サービス業者によると、たいていは誰かが削除の依頼をしなければ、残り続けること
になるという。書き込みが死後も消えないのは複雑な気持ちだが、残ることで訪問者
が絶えない“墓碑”のような存在のブログもある。「お盆だから、亡くなったあの人
の書き込みを見てみよう」。そんな時代が来るかもしれない。



本人が亡くなっていても、ブログがずっと残り続けるっていうのも何か微妙な感じです。


先日亡くなられた歌手の川村カオリさんのブログには、今でもコメントが絶えないそうです。

「後世にぜひ残したいブログ!」ってのも、出てくるのかもしれません。

ミクシィ等でよく見かける、匿名で仕事や家族のグチなんか書いている日記なんか、永遠にそのままになる可能性が高そうですね。。。

ふと、思うに・・・

遺言書を作成する際に、

「ブログについては、私の代わりに死亡の記事を投稿した後、3ヶ月は残しておいて、その後、 サービス業者に削除依頼して欲しい」

なんて書く、ってことも有りなのかも。。

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